これは転職失敗なんだろうか?|看護師 転職 体験談ブログ
転職してよかったですか、と聞かれることが増えた。
看護師の転職体験談なんかを読むと、最後にだいたい「転職して本当によかったです!」と書いてある。でも、私は1年経った今でもそれを即答できないでいる。
よかった面はある。でも人によってはこれを失敗と見なすかもしれない。だから、ありのままを書いてみる。
19時半のナースステーション
19時半。日勤の定時は17時だから、もう2時間半オーバーしている。でもナースステーションには私を含めて5人が残っていた。みんなパソコンに向かって記録を打っている。
全員、本当ならすでに退勤しているはず。
この5人の間に会話はほぼない。キーボードをぱちぱち打つ音と、たまに誰かがマウスをカチッと押す音。先輩の一人がペットボトルのお茶を飲んで、キャップを閉める。その音がやけに響く。静かすぎて、蛍光灯がジーッと鳴っているのまで聞こえる。コンビニみたいな明るさなのに、どんよりしている不思議な空間。
45床の急性期病棟。入退院の回転、処置の量、看護必要度の高い患者さんの数を考えると、体感としては日勤帯に8人はほしかった。でも実際に出勤しているのはだいたい6人。ひどい日は5人。足りない分は、一人ひとりの残業で埋める。でも残業申請は暗黙の了解で月10時間程度まで。Aさんが「それ以上つけるのは、時間内に仕事を終わらせられないということですよね」と言ってから、誰も10時間以上つけなくなった。
つまり、この19時半のステーションにいる5人は、全員タダ働きをしている。でも誰もそれを口にしない。「急性期だから仕方ない」。その空気を最初に吸い込んだのが1年目で、3年目にはもう何の違和感もなくなっていた。
それが怖いことだと気づいたのは、ずいぶん後のことだ。
Aさんのこと
師長のAさんについて書く前に、一つだけ言っておきたい。
私はAさんが嫌いだった。これは間違いない。でも、Aさんのことを「悪い上司」として書くと、たぶん話が単純になりすぎる。
Aさんは2年前の秋に赴任してきた。前の師長はわりと穏やかな人で、Aさんに替わった瞬間に病棟の空気が変わった。「できない人に合わせるつもりはない」と初日に言った人だ。
Aさんの特徴は、とにかく「報告」だった。何をするにもまず報告。報告が遅れると、詰所の真ん中で詰められる。周りにスタッフがいようが、患者さんの家族がいようが関係ない。
一度、受け持ちの患者さんのSpO2が82%まで落ちて、報告より先に酸素投与を優先したことがあった。あの判断は間違っていなかったと今でも思う。でも「なんで先に報告しなかったの」と言われたとき、私は「すみません」としか返せなかった。
それでAさんをただの嫌な人だと思っていたんだけど、辞める少し前に、別の先輩から聞いた話がある。Aさんは看護部長との関係がかなり悪くて、病床稼働率と在院日数の数字で毎月詰められていたらしい。目標を達成できなければ師長のポストを外される、という話もあったとか。
だから何だ、と当時は思った。あなたが上から詰められているからって、下を詰めていい理由にはならない。
今もその気持ちは変わらない。ただ、Aさんも余裕がなかったんだろうな、ということは理解できるようになった。理解と許容は別物だけど。
看護師の給料のリアル
これは転職を考えている人のために、具体的に書く。
当時の私の手取りは25万円。夜勤手当込み。月の時間外労働はサービス残業を含めると60時間くらいだったと思う。正確な数字は分からない。途中から記録をつけるのをやめた。つけても意味がなかったから。
25万円が多いか少ないかは人によると思う。ただ、手取りの中には夜勤手当も入っているわけで、夜勤を抜いた日勤だけの額を考えると決して高くはない。しかもその上に毎月60時間のタダ働きが乗っている。正確な時給計算をしたわけじゃないけど、「この労働量に対してこの金額か」という感覚は、数字以上にきつかった。
友人に「看護師って給料いいんでしょ」と言われたとき、笑ってごまかした。正確に言うと、笑おうとして、なんか変な顔になった気がする。
お金の不満って、金額そのものより「見合ってない」という感覚がきつい。同じ25万円でも、納得して働いていればそこまでしんどくなかったかもしれない。でも、毎日サービス残業して、怒鳴られて、体重が4キロ落ちて、それで25万円。その「見合ってなさ」が、じわじわ効いてくる。
ある患者さんの一言
看護師を続けるかどうか迷っていた頃の話。
入院中の70代の患者さんで、仮に田中さんとする。大腸がんの術後で経過は良好、バイタルを測りに行くたびに5分くらいおしゃべりする人だった。昔飼っていた柴犬の話が多かった。名前はゴンタ。散歩が嫌いで、リードをつけると地面に寝転がって動かなかったらしい。その話をするときの田中さんは目がきらきらしていて、私も犬を飼った経験はないけど、ゴンタのことはわりと好きだった。会ったことないのに。
何回目かの訪問のとき、いつも通り「数値いいですよ」と言ったら、田中さんが不意に真顔になった。
「あなた、最近笑ってないね」
「笑ってますよ」と返した。実際、口角は上げていたと思う。
「口は動いてるけど、目が笑ってないの」
それだけだった。田中さんはすぐゴンタの話に戻った。私もそのまま仕事に戻った。
でも、帰りの車の中でその言葉がなぜか剥がれなくて、アパートに帰って洗面台の鏡を見たとき、ああ確かに疲れた顔してるな、と思った。
それが転職のきっかけだった、と言えればきれいなんだけど、たぶんそこまで直結はしていない。ただ、「もうここにはいられないかもしれない」という感覚が、その前後でちょっとだけ濃くなった気はする。
転職活動の話
看護師求人サイト(レバウェル看護)に登録したのは、それからしばらく経ってからだった。
転職を「決意」したというより、夜中に布団の中でスマホを触っていたら、なんとなく看護師の求人サイトを開いていた、という方が正しい。最初は眺めるだけだった。こういう求人があるんだ、へえ、くらいの温度で。登録自体は5分もかからなかったと思う。名前と経験年数と希望条件を入れるだけ。別にそれで応募したわけでもない。ただ「選択肢がある」と知れただけで、少しだけ楽になった。
後から知ったことだけど、看護師は毎年かなりの数が転職しているらしい。日本看護協会の調査で、病院の看護師の離職率は10%を超えている。10人に1人以上が、毎年職場を変えている計算だ。もっと早く知りたかった。自分だけが弱いんじゃないかと思っていたから。
実は、辞めた後に知ったのだが、前の病棟で一緒に働いていた先輩の一人も、同じ時期にこっそり求人サイトに登録していたらしい。あの19時半のステーションで隣に座ってキーボードを叩いていた先輩も、布団の中でスマホをスクロールしていたのだ。口にしないだけで、みんな考えていることは同じだった。
条件はそんなに高望みしていなかったと思う。日勤メインで、残業が少なくて、上司に毎日怒鳴られない職場。3つ目がいちばん重要だった。
それで求人を見ていくわけだけど、これがなかなか難しい。求人票には当然いいことしか書いていない。「アットホームな職場」と書いてる求人はだいたい怪しい。
気になった病院には見学を申し込んだ。全部で4件。
1件目。「残業少ないですよ」と言われたが、見学中にナースステーションをちらっと見たら、スタッフの表情に余裕がなかった。すれ違う看護師が全員小走りだった。あと、見学を案内してくれた主任が途中で2回ナースコールに呼ばれて中断した。人手が足りていない病棟の空気は、いくら言葉で取り繕っても隠せない。
2件目。見学中にスタッフが患者さんの家族の前で叱責されていた。見学者の前で隠さないということは、日常なのだろう。ここはうちの病棟と同じだ、と思って辞退した。
3件目。雰囲気は悪くなかったけど、内定をもらって条件面談に行ったら手取り19万円だった。今より6万円下がる。奨学金の返済と家賃を引いたら食費が危うい。迷ったけど、さすがに生活できない金額を受け入れる勇気はなかった。
ここまでで2ヶ月くらい経っていた。退職届はまだ出していない。出す踏ん切りがつかなかったのは、次が決まっていないからだ。でも、毎日出勤するたびに「ここにいるのは違う」という感覚は濃くなっていく。求人サイトを見る時間も、夜中の30分から、帰宅してすぐの1時間に変わっていた。
4件目の病院
4件目の病院を見つけたのは、他と同じように求人サイトだった。
中規模の急性期病院。自宅から車で30分。病床数はうちより少し小さい。求人票に特別なことは書いていなかった。「残業少なめ」も「アットホーム」も書いていない。ただ、給与の欄に残業代の計算方法が細かく書いてあった。月平均残業10時間、と具体的な数字があった。「少なめ」じゃなくて「10時間」。この正直さが、ちょっと気になった。
見学を申し込んだ。
病棟に入って最初に目に留まったのは、ナースステーションのホワイトボードだった。スタッフの勤務表と一緒に、その日の各部屋の受け持ちと、患者さんの状態が色分けで書いてある。これ自体は珍しくない。ただ、ホワイトボードの端に「本日の定時退勤目標:○名」と書いてあった。
目標として掲げないといけない時点で簡単じゃないんだろうな、とは思った。でも、少なくとも「定時に帰ること」を病棟として意識している。うちの病棟では定時退勤という言葉自体が冗談のネタだった。
見学中、すれ違った看護師が「お疲れさまです」と会釈してきた。それだけなんだけど、その人の歩くスピードが、うちの病棟のスタッフより少しだけゆっくりだった。もちろん科の特性もあるだろうし、たまたまかもしれない。でも、人が廊下を走っていない病棟というのは、それだけで空気が違う。
見学のあと、そのまま面接を受けた。
面接のこと
面接官は看護部長だった。50代の女性で、物腰は柔らかいけど目がよく見ている感じの人だった。
志望動機とか得意な看護技術とか、用意していたことをそつなく答えた。面接自体はわりと淡々と進んだ。
最後に看護部長が「もう一つだけ聞いてもいいですか」と言った。
「前の病院を辞めようと思った理由を、正直に聞かせてもらえますか」
一瞬、「キャリアアップのため」と言いかけた。でも、なんかもう、嘘をつく気力がなかった。
見学中のあの空気を思い出して、ここで取り繕ってもしょうがないなと思った。取り繕って入職して、実態が違ったらまた同じことの繰り返しだ。
だから、話した。師長との関係のこと。人手不足のこと。サービス残業のこと。給料と仕事の負荷が見合っていないと感じたこと。
途中で声がちょっと変になって、水をもらった。
看護部長は全部聞き終えてから、少し間を置いて、こう言った。
「うちにも課題はあります。人手が十分とは言えないし、忙しい日は残業も出ます。ただ、残業はちゃんとつけてもらいます。それだけは約束します」
「転職してよかったでしょ」みたいな美談を期待していた人には申し訳ないけど、私がこの病院に決めた理由は、この一言だった。「素晴らしい職場です」でも「あなたを必要としています」でもなく、「残業はちゃんとつけてもらいます」。
つまり、当たり前のことを当たり前にやる、と言ってくれた。それだけだった。
でも、その「それだけ」が、3年間の自分にはなかったものだった。
退職届を出す
内定の連絡が来たのは、面接の4日後だった。
給与は前の病院より手取りで1万円ほど上がる計算だった。劇的な昇給ではない。でも、残業代がちゃんと出るなら、実質はもう少し上がることになる。
退職届を出す日のことは、あまり覚えていない。Aさんに提出して、「そう」と一言だけ返されたことは覚えている。引き止めはなかった。あっけなかった。3年間あれだけしんどかった場所を離れるのに、手続きとしてはA4の紙一枚だった。
有給消化中は、ほとんど寝ていた。体がようやく休む許可を出した、みたいな感覚だった。初日に14時間寝たときは、自分でもちょっと引いた。
新しい病棟の初日
4月。新しい病院の病棟に配属された。
初日に驚いたのは、朝の申し送りが10分で終わったことだった。前の病棟は30分かかっていた。10分で足りるのか不安だったけど、要点だけ伝えて、あとは電子カルテを各自確認する方式だった。合理的だった。前の病棟がなぜ30分もかけていたのか、逆に分からなくなった。
それと、ここにもスタッフ間のピリつきはあった。仕事が早い先輩と遅い後輩の間で無言のイライラが漂っていたり、ドクターとの関係が微妙な看護師がいたり。どこに行っても人間関係の摩擦はある。これは覚悟していた。
ただ、決定的に違ったのは「報告」の扱いだった。
前の病棟では報告は「怒られないための手続き」だった。ここでは、報告すると「で、どうしようか」と返ってくる。同じ「報告」なのに、意味がまるで違う。
初めてインシデントレポートを書いたとき、上司に「書いてくれてありがとう」と言われた。インシデントレポートは本来、再発防止のための情報共有ツールだ。でも前の病棟では、それを出すこと自体が「ミスを認めた」と受け取られる空気があって、正直出すのが怖かった。制度の問題ではなく、あの病棟の文化の問題だったんだと、今は分かる。ここでは本来の目的どおり、改善のための情報として扱われていた。こういう違いは求人票には載っていない。
もちろん全部が良いわけではない。病棟が変わっても夜勤はあるし、忙しい日は走り回るし、患者さんに怒鳴られることだってある。前の病院にはなかった電子カルテのシステムに慣れるのに1ヶ月かかった。前の職場の方が効率的だったオペレーションもある。
ある日、ベテランの先輩に「前の病院ではどうやってた?」と聞かれて、前のやり方を説明したら「それいいね、うちでもやってみようよ」と言われた。前の職場での経験がそのまま無駄にならなかったのが、地味に嬉しかった。
半年経って
半年くらい経った頃、ふと気づいたことがある。
夜、布団に入って目を閉じたとき、明日の出勤のことを考えても胃が重くならない。
前の病院にいた頃は、夜になると翌日の受け持ち患者のことが頭を回り始めて、それに混じってAさんの声が再生されて、目を閉じているのに体が強張る感覚があった。寝ているのに休めない。あの感覚が、いつの間にかなくなっていた。
なくなって初めて、あれが普通じゃなかったと気づく。渦中にいるときは「みんなこんなもんだろう」と思っていた。
それから、ご飯の味がするようになった。変な話だけど、前の病院の最後の半年くらい、何を食べてもあまり味を感じていなかった気がする。これも辞めてからしばらくして、「あ、今ちゃんと味がしてる」と思って初めて気づいた。体の異変って、回復してから気づくものなんだなと思った。
それで結局、転職してよかったのか
最初に書いた問いに戻る。
転職してよかったのか。1年経って、正直に言うと、7割よかった、3割分からない、というのが今の答えだ。
7割のよかった部分。サービス残業がなくなった。残業代がちゃんと出る。怒鳴られない。インシデントレポートが改善のために使われる。ご飯の味がする。体重が3キロ戻った。朝、仕事に行くのが苦痛じゃなくなった。
3割の分からない部分。前の病院の同期がSNSで「リーダー業務始まりました」と投稿しているのを見ると、ああ自分はあのキャリアの延長線を降りたんだな、と思う。今の病院でもいずれリーダーはやるだろうけど、あの病棟で積み上げた「あの先」を見ることはもうない。
自分はそうは思わないけど、これが逃げだったという人もいるかもしれないなとも思う。
それと、前の病棟で学んだことが今の自分を支えている、という事実がある。急性期のアセスメント力、Aさんに叩き込まれた報告の型、夜勤の緊張感で鍛えられた判断力。どれも前の病院がくれたものだ。あの経験がなかったら、転職先でも通用しなかったかもしれない。だから、前の病院を「悪い場所」とだけ言い切ることは、私にはできない。
ただ、「転職しなければよかった」と後悔したことはない。それだけは本当だ。
もし今、転職を迷っている看護師がいたら。
大したアドバイスはできないけど、二つだけ。
一つ。見学に行ったら、病棟の空気を見ること。スタッフの歩くスピード、ホワイトボードに何が書いてあるか、廊下で走っている人がいるかどうか。求人票の「残業少なめ」より、見学中にすれ違う看護師の表情の方がずっと正直だ。
二つ。転職先に楽園を求めない方がいい。どこに行ってもしんどいことはある。大事なのは、しんどさの種類が「自分が引き受けられるしんどさかどうか」。私はAさんの下で萎縮し続けるしんどさより、新しい環境でゼロから信頼を積み直すしんどさの方がまだ引き受けられた。それは人によって違う。
